巻頭言 Vol.61 No.1 2025
巻頭言
安房医師会 会長 原 徹
新年を迎えて
新たな年を迎え、皆様方には益々ご清栄のことと御慶び申し上げます。 本年も安房医師会の発展と活動の充実を目指し、取り組んでまいりますが、昨年6月の役員選挙を機に明らかになったご批判やご不満、さらには公益法人としての監査指摘に対する適切な対応が必要である現状を深く認識しています。また組織運営の基盤となる定款・細則に関しても、前例の無い役員選挙を経験した事で内容に疑問が生じる場面があり、適切な対応が必要な状況でもあります。 当医師会の特徴として、勤務医会員の割合が多い一方で、様々な理由により、総会など医師会行事への会員の御出席が少ない現実があります。 一方、定款第18条では「総会の決議は、総正会員の議決権の過半数を有する正会員が出席し、出席した当該正会員の議決権の過半数の同意をもって行う。」と定められています。 要は総会が成立するには総正会員の過半数が何らかの形で出席すること。さらに出席した議決権をもつ当該正会員の過半数の同意がなければ総会での決議を得る事は出来ません(一部事項では3分の2以上が必要です)。 安房医師会の正会員数は昨年6月の定時総会時点では292名、当日参加された総会出席者数は35名でした。このように現地参加の出席者だけでは、総会は成立せず、重要案件などの決議もできない状態に陥ります。そこで議決権の代理行使がどうしても必要になります。安房医師会では定款19条により「やむを得ない理由のために総会に出席できない正会員は、他の正会員を代理人として議決権の行使を委任することができる」とされています。もちろん委任先は決めなければなりませんが、何らかの事情で委任先を明記できない場合もあります。 そこで総会の開催通知に添付された委任状には、その中に「※委任者が空欄の場合は会長への委任といたします」と明記されています。 何故委任先が会長で、議長では無いのか? その理由として本会では総会の議長は総会開催後に当日出席した正会員の中から選任され、その任期は議案・議件等の終了をもって任を解く形であること。その選任方法に関しては定款では定められていませんが、昨年6月のように複数の議長候補がある場合、何らかの方法で選任する必要があります。そしてその行為は「総会での決議」になります。その為、選任方法が選挙となった場合は前記の条件が必要であり、そのため「議決権の委任先として議長は相応しくなく、現職の会長を委任先とする」との解釈を県の政策法務課が行ないました。 そして前回、令和2年の本公益法人に関する監査の際に指導を受けたものです。 また役員選挙、すなわち「理事及び監事の選任を行う総会での決議」では議長を委任先にすると、誰を議長に選任するかが大きな影響力をもちます。 翻って総会の出席率が高い法人では議決権の委任を認めない出席者のみの直接選挙も一見可能かと考えられますが、その際でも全会員の議決権については法律でも認められており、定款上でも定められているのが一般的です。 安房医師会でも前述したように定款第19条で明確に定められており、やむを得ない欠席者の権利も守っています。 一方代議員制度を採用する組織の場合は選任された代議員の代議員会への出席率は高く、例えば千葉県医師会では代議員会の出席率は概ね90%以上であり、また代議員が欠席する際には予備代議員に議決権を委譲することが可能です。要は出席者が過半数を超えるか、代議員制度を採り議決権を制限することが、総会運営に何も問題が生じない為の必要条件であり、現状では委任状による出席と議決権の行使を認めることが安房医師会では必須となります。 これまで医師会組織では会員数の増員を大きな目標にしてきました。 可能であれば医師免許を持たれるすべての方が医師会員になって頂くことを理想としています。 そのため会費を勤務状態で配慮することや医学部学生への情報提供、入会勧誘などを行い、積極的に会員増加を図って来ました。 そしてその基盤となるのが「会員1名につき1個の議決権である」と思います。この権利を維持し、なおかつ公正な選挙等の議件を取り扱うことが重要であると思います。 公正な選挙を行うには現行の定款細則に何らかの変更が必要でしょうか? 少なくとも安房医師会の役員は役員報酬も無く、役員となることで得る利益供与は殆ど無い状態であるかと思います。むしろ役員による奉仕、犠牲の上に会の運営が為されているのが実情です。だからこそ役員間や医師会職員、そして会員の皆様との相互理解、連携・協調が重要となってきます。 同時に関係諸機関との調整や各種問題に対する協力も継続的に必要な事項です。 ところで安房医師会内での連携は過去を振り返っても病診連携だけでなく病々連携 診々連携に関しても比較的良好な状態にあると思います。 新型コロナ感染症や災害時での相互連携も他に恥じないものでした。勿論さらに円滑な連携体制を構築することも医師会組織の重要な責務であると考えていますが、その基盤となる互敬関係、友好関係そして相互支援体制を向上させるにはお互いの批判や攻撃ではなく、理解と想いやりが重要かと思います。 そのためには様々な不安を払拭することが重要です。気候変動や天災・戦災以外にも大きな不安要因として「他人への不信、不満、疑惑」など人間関係の諸問題が上げられます。 ネット社会になり沢山の情報が次々と我々を襲ってきます。その結果、他人への批判、誹謗中傷なども増加しているのが現実です。「他人を許せない時は自分に大きなストレスがある時である」と思います。そんな時は「心の執着を手放し、心を軽くすること」が大切であるかと思います。「こだわりを捨て、不安を軽減すること」そして「他人を中傷しても人生は良い方向に進まないこと “Even if you defame others, it will not result in your life heading in the right direction.”」 このことを目標とし、また自戒と反省を踏まえ、本年は歩みたいと思います。
巻頭言 Vol.60 No.6 2024
巻頭言
安房医師会 副会長 小林 剛
この記事を執筆している9月の時点で大分時間が経過しており、今更ではありますが今年は診療報酬、介護報酬、障害福祉サービス等報酬のトリプル改定が行われました。特に診療報酬改定に目を向けますと、重症度、医療・看護必要度の該当患者要件や療養病棟の医療区分などが見直され、全般的に入院医療にとって厳しい内容となりました。また、高齢者の急性期医療を担う病棟として地域包括医療病棟入院料が創設され、超高齢化社会に向けて本格的に舵を切った印象です。別の側面からは医療従事者の賃上げに踏み込んでベースアップ評価料が新設されましたが、国が目指す1年目2.5%、2年目2%の賃金上昇は経営者にとって非常に悩ましい問題です。今後物価高への対応も医療機器、医療材料などの「控除対象外消費税」の扱いと同様、診療報酬による現在の補填方法が妥当であるのか、2年間で十分な分析と検討が必要となるでしょう。 超高齢化社会にあたり以前より団塊の世代が75歳以上となる2025年問題、そして団塊の世代ジュニアが65歳以上となる2040年問題が取りざたされています。ただ現在の高齢者に関して言えば、20年前の高齢者と比べて認知機能、身体能力共に10歳程度若いという報告があります。確かに最近の高齢者は私が子供の頃にイメージしていた高齢者と全く違います。「サザエさん」の磯野波平が54歳、磯野フネが52歳という設定を見れば、いかに昭和の時代の年齢イメージと比べて今の高齢者が若いか、よくわかります。更に高齢者の平均余命は延伸し、安房地域では100歳以上の方を見ることも決して珍しくありません。反対に私が館山市の介護認定審査を行っているケースを見る限り、80歳未満の介護認定申請者は非常に少ないことがわかります。そういった現状を踏まえますと、医療における2025年問題は本当にあるのか?という疑問が生じます。1年後である2025年に変わるのはあくまで保険や雇用上の問題であって、医療・介護が必要な高齢者が突然増えるとは考えにくいことです。団塊の世代が平均余命に近づいて更に85歳、90歳になる時に本当の医療・介護問題が起こるのではないでしょうか。つまり2035~2040年あたりと思われます。2040年になりますと団塊の世代ジュニアも高齢者になりますので(私もそうですが)、医療介護の分野のみならず、社会全体で労働力不足の問題が悪化している事が推測されます。特に介護における需要と供給のバランスは大きく崩れているでしょう。 安房地域では2024年4月1日時点で14歳以下の子供は9532人と1万人を下回っており、10年前の平成26年よりも3割以上減少しています。また、令和5年度(館山市は5年)1年間の出生数は、館山市199人、鴨川市127人、南房総市91人、鋸南町9人 と学校の統廃合もやむを得ない数まで減少しました。婚姻、出産が減少している社会的風潮に加え、安房地域で生まれた子供も残念ながら人口密集地域に移ってしまうことが多いという現状があります。安房地域は全国の田舎に比べて決して地理的に不利な場所ではありません。今後地域全体のあらゆる職種が連携して若者が地域に残る、あるいは移住してくるような、住みやすく子供を育てやすい地域づくりを行っていく必要があります。そのためには今まで守られてきた地域の古い形式を一部捨てる覚悟も必要かもしれません。今後医師会は医療介護福祉の部門において行政と連携し、既存の地域の問題のみならず地域活性化における問題を把握、具体的解決策を模索していきたいと思います。
巻頭言 Vol.60 No.5 2024
巻頭言
安房医師会 会長 原 徹
この度、私はこれまでに前例の無い理事選挙等を経て再度公益法人安房医師会の代表理事として選任されました。 今回で4期目の就任となり、これまでの3期6年間にわたる職位の長期継続に対し、皆様の御批判も少なくないかとおもいます。 私も『前期の終了を持って退任を』と考えていましたが、様々な理由により今期も再度代表理事を務めさせていただきます。 勿論、自身の高齢化から知的能力、また体力の低下も否定できないのが現実ですが、新たな役員構成ならびに新人理事の登用などにより今期の理事会は従前より明るく活性化された運営・活動になることを目標にしています。そして安心して次の世代へ安房医師会を継ぐことが今期役員の務めであると考えています。 私が安房医師会の理事を拝命したのは平成14年、それから22年が経過しました。この間に千葉県医師会、日本医師会だけでなく県内の他地区医師会とも良好な関係を構築することが出来ました。またこれからも安房地域の行政や関係諸団体とも顔の見える関係を保つことで安房医師会の業務が円滑に執行できることを願っています。今期は行政との間で新たな委託事業を受託することにより財務基盤の安定を図ること。また新たな就業規則を職員との合意を前提に再構築する事の2項目が喫緊の課題です。 すべてが相手のある問題であり、相互の信頼の上での合意が必要な作業です。どうか新たな役員を加え、一層活性化した安房医師会に対し、一層のご理解ご支援をお願い申し上げます。
巻頭言 Vol.60 No.4 2024
巻頭言
安房医師会 理事 福内 正義
2020年から続いていた新型コロナウイルス感染症が昨年5類に変更になりポストコロナの時代になりました。しかしコロナウイルスは完全になくなった訳ではなくところどころで発症者がでており油断はできない状況が継続しています。 その一方団塊の世代が後期高齢者となる2025年問題といわれていた時期もいよいよ来年むかえます。その先には団塊の世代ジュニアが高齢者となる2040年代も近づいております。 本格的な少子高齢化の時代はすでにはじまっておりその加速度は国の試算よりもはやまっていると言われています。そのなかで今年春には6年に一度の診療報酬、介護報酬、障害福祉サービス報酬の同時のいわゆるトリプル改定をむかえました。診療報酬本体は088%のプラス改定となっており、これは医療の質の向上や医療従事者への処遇改善、医療DXの推進などを目的に設定されております。 昨今日本国内で賃上げムードが強まっておりますが、医療機関においては収入の増加よりもコストアップがおおきく、他の業界なみの賃上げに対応することは難しいのが実情です。物価上昇率も2024年度には2%後半になりその後2%程度で推移していくといわれています。これを上回る賃上げにより実質賃金値上げとなりますが医療機関で財源確保が困難です。少子高齢化がすすみ労働人口が減少していくなかで、優秀な人材を医療業界に来てもらうには給与以外の面でも各施設が創意工夫を続けていく必要があると思われます。 それでも他業界なみの賃上げが出来ない中で、地域住民の健康と医療を守っていくという医師会の使命を全うし続けることにどこかで限界がくるかもしれません。今後思い切った財源投入や制度改革、システム改革することを国に期待したいと思います。
巻頭言 Vol.60 No.3 2024
巻頭言
安房医師会 理事 原 太郎
日本医師会の役割と改革
新型コロナの終焉と2024年度 診療報酬改定
新型コロナウイルス感染症が5類感染症に位置づけられ、日本経済にも明るい兆しが見え始めていることは、多くの人々にとって希望の光となっている。特に、日経平均株価が過去最高値を更新したことは、経済の回復を象徴する出来事であった。しかし、その一方で2024年2月の診療報酬改定に関しては、医療現場における深刻な懸念を引き起こしている。特に、高血圧症、脂質異常症、糖尿病の3疾患を特定疾患療養管理料の対象疾患から除外する決定は、一般開業医にとって大きな打撃となり、既に厳しい状況にある医療現場にさらなる負担をもたらすことになる。物価高騰や賃金上昇の中で、診療報酬の6回連続マイナス改定は、日本の医療を取り巻く環境に対する危機感を強めるものである。このような状況の中で、日本医師会の役割は非常に重要であり、医療政策の決定においてより積極的に提言をしていくべきだと思う。医師会が国に対して必要なことをしっかりと伝え、積極的に提言を行う組織とならなければ、今後の日本の医療は崩壊してしまうのではないかという危機感もあり、日本医師会について少し考えてみた。
日本医師会の現状と医療界の危機
日本医師会と医療界が直面している問題は、多岐にわたる。日本医師会は医療政策や制度の改善を目指し、政府や関連組織との交渉において重要な役割を担っている。しかし、その加入率が約50%と低いため、医師会の組織力や影響力が十分発揮できていないように感じる。日本医師会は組織改革や会員増加のための努力を続けているが、勤務医は医師会へ加入する直接的なメリットを感じにくく、加入率が低い。おそらく、日本医師会が開業医の利益を優先しているというイメージが強く、勤務医からの支持を得られていないという側面もあるのだろう。一方で、病院の診療報酬の問題も深刻である。勤務医が診療報酬決定プロセスにほとんど関与していないため、高度な医療行為に対する報酬が諸外国に比べて低く抑えられてしまっている。働き方改革もあいまって、このままでは巷の病院の多くはより厳しい経営をせまられることになるだろう。病院の経営の悪化は、医療の質の維持や最新医療の提供を困難なものにする。さらに財務省は医療費削減のために医師の給料を減額する方針であり、これが実現すると医師の待遇が悪化し、半ば自己犠牲の上に成り立っている厳しい現場からの医者離れが予想される。これらの問題を解決するためには、日本医師会の加入率を上げ、医師会の声が国に届くよう組織力を強化し、医師が本当の意味で働きやすい、働き甲斐のある医療現場に変えていく力が必要なのではないか。臨床医の意見を反映した診療報酬の見直し、そして病院の経営改善、医療の質を担保するような枠組み作りなども含め、医療界全体での改革が必要な時期が来ているように思う。
安房医師会の特徴
安房医師会は千葉県にある22地区医師会のうちのひとつであり、基幹病院の院長から一般開業医まで幅広い医師が理事として参加していることで、地域全体での医療連携が非常に強化されている。その結果、災害時や緊急時においても、迅速かつ適切な医療対応が可能となっている。都市部では救急患者が適切な治療を受けられずに重症化するケースが報告されているが、安房では「救急患者のたらい回し」になることはほぼなく、必要な治療を受けられる体制が整っている。また医師会の加入率が高く、行政との調整や救急・災害医療への取り組み、体制整備など、幅広い医療連携が可能である。以上のように、安房医師会は地域医療の充実と発展において重要な役割を果たしており、地方への移住を考えている方々にとっても、信頼できる医療体制の存在は非常に魅力的であり、安心材料となると思われる。地域医療のさらなる連携強化と発展に向けて、安房医師会のような組織の役割は今後も重要だと思う。
これからの都道府県医師会に望むこと
日本医師会をよりよい組織にするためには、地区医師会だけではなく、県医師会レベル、あるいは医師会全体での組織力の強化が必要である。安房医師会のようなバランスのとれた地区医師会の事例を参考にしつつ、都道府県医師会の具体的な課題を考えてみる。
- 勤務医の医師会への加入率向上: 勤務医の医師会加入率が低いことは、組織力の分散につながり、医師会全体の影響力を低下させる原因となる。特に千葉県医師会のように加入率が全国平均を大きく下回っている場合、勤務医にも入会のメリットを感じてもらえるような施策や、会費の減額などを積極的に行い、加入を促す必要がある。
- 勤務医枠の理事設置: 県医師会の理事に勤務医枠を設けることで、勤務医の声が直接医師会の運営に反映されるようにする。これにより医師会の政策決定において、より幅広い医師の意見が考慮され、県内の医療問題に対するより実効性のある対策が打ち出せるようになる。
- 医療連携の強化: 大学病院や基幹病院の管理部門に携わる人材が県医師会に参加し、県内の医療機関間の連携を強化する。これにより、災害時の医療連携や有効な医療施策の実行がスムーズに行われるようになる。(病院所属の医師が医師会に関わることで勤務医の医師会加入率増加も期待できる。)
- 啓蒙活動の強化: 医師や一般市民に向けて医師会の役割や活動内容をより積極的に情報発信し、医師会への理解を深めてもらう。
安房地域の人口減少は年々進んでおり、この地区の未来は国任せでは立ち行かなくなってしまうような危機感を感じる。今年は年始早々の能登半島地震に驚いたが、千葉県も地震危険度の高い地域であり、行政と連携した災害対策も重要になってくる。この先の様々な問題を乗り越えていくためにも、医療については地域から国レベルまで、医師会が強い組織力で連携し、医療界自らがより良い医療政策を作り上げていくことが重要ではないかと考えている。そのことはひいては国民が安心して利用できる医療環境の整備にも繋がるものと感じている。
巻頭言 Vol.60 No.2 2024
巻頭言
安房医師会 理事 岡田 唯男
1859年にダーウィンは「種の起源」という本を書いた。そこに記されたsurvival of the fittest(最も環境に的した者が生き残る)というメッセージと、1976年にリチャード・ドーキンスが「利己的な遺伝子」で主張した「生物は遺伝子の乗り物である」というメッセージが共通して語るのは、特定の個体の話ではなく、集団としての「種」の話である。
ドーキンスは「利己的に行動すべき生物が、利他的行動をするのはなぜか」という生物学の大きな謎を、「生物は遺伝子に利用される乗り物にすぎない」という比喩を用いて説明した。利他的行動の例として挙げられるのがミツバチの行動だ。働きバチは自分の子供を作らず、女王バチの面倒を見て一生を終える。なぜなら、働きバチと同じ遺伝子を持つ女王バチがたくさんの子供をつくることで、結果として働きバチの遺伝子も増やすことができるためだ。働きバチの行動は一見利他的に見えるが、結果として自分(の遺伝子)のためになっており、それゆえに長い進化の過程で自然淘汰に打ち勝って生き延びてきたというロジックである。「個」ではなく、「種」として環境に適応して生き残る生存戦略を「集団」として選択したのだ。(というより、その様な特性を持つ集団が結果として淘汰を生き残った)
太古の昔、アフリカで発生した人類は手の器用さを取るために二足歩行となったが、そのせいで同時期に生存した類人猿などに木の上での生活の優位性で敗れ、やむを得ず、草原に追いやられたとされる。隠れる場所のない草原において、二足歩行は走るスピードで他の肉食獣に劣るという不利な状況で、「個」としての強さで「種」が生き残れる可能性は低く、自分のためにしか食物を収集しないオスよりも、家族のために食物を運ぶオスがメスや子供を通じて多くの子孫を残すことで、結果的により多くの「利他的に振る舞う」直立二足歩行の遺伝子が受け継がれることとなった。
このようにそのスタートから「人類」は「個」としての強さではなく、家族を支え、仲間を助けるという、集団としての強さによってその生存と繁栄を謳歌してきた。
世界の人口はいまだに増え続けており、今の所人類という「種」の生存には何の懸念もないだろう。
しかし日本の人口は減少の一途であり、この安房を含む地方でもそのスピードは著しい。
暮らしやすい今の生活環境も、ある程度の人口があってそこに人の活動があるからこそ、商店やスーパーの経営が維持可能となり、電気、水道、道路などのインフラが維持できるだけの税収が確保できる。自分とその家族、仲間だけ良ければいい、というスタンスでは、その自分達が暮らしている地域という環境が維持できない。
自分が生きている間だけこの地域があればそれで良い、自分が死んだ後はこの地域が人の住めないところになっても関知しない。という考えも一つだろう。しかし、日本中のありとあらゆるところで、その様な地域が増えれば結局日本そのものが限界集落ならぬ限界国家となってしまう。
持続可能な社会のために、たかが1人の人間が何ができる?と思うかもしれない。1人の人間が1円を拠出するのは何の負担もないし、大した金額ではないかもしれない。しかし、日本国民全員がその小さな負担を担うことで1.2億円の大金とすることができる。
繰り返すが、人類はその最初から利他的行動によって「種」としての現在の繁栄を享受している生き物である。それぞれが、それぞれの範囲で、安房のため、日本のため、世界のためにできることを少しずつでも行うことでしか我々の幸せは確保できないだろう。
巻頭言 Vol.60 No.1 2024
巻頭言
安房医師会会長 原 徹
「うつし世はゆめ、夜の夢こそまこと」 この言葉は推理小説家 江戸川乱歩氏の言葉です。 新年を迎え、改めて皆様の御多幸を心から祈念しております。然し現実の世界では災害・戦争・経済の悪化が繰り返し、そして自身でも身体的、ならびに知的能力の衰退など気持ちが塞ぐことばかりです。そこで今春は年の初めに“夢”を語りたいと思います。 荘子(荘周)は『胡蝶の夢』で夢と現実との対立を提示、「夢の中で胡蝶としてひらひらと飛んでいた所、目が覚めたが、はたして自分は蝶になった夢をみていたのか? それとも実は夢でみた蝶こそが本来の自分であって今の自分は蝶が見ている夢なのか?」と問うています。 この説話には荘子の理念である「無為自然」「一切斉同」との考え方がよく現れています。「無為自然」は荘子の言葉でいえば「逍遥遊」となり、すなわち目的意識に縛られない自由な境地であり、その境地に達すれば自然と融和して自由な生き方ができると彼は説いています。そして彼が他の説話において提出してきた「是非、生死、大小、美醜、貴賤」などの現実には相対しているかに見えるものは、人間の「知」が生み出した結果であり、荘子はそれらを「ただの見せかけに過ぎない」と説いています。 「相対するそのいずれもが真実であり、どちらが真の世界であるかを論ずるよりも、いずれをも肯定して受け容れ、それぞれの場で満足して生きればよいのである」との教えです。 まあ賢者の夢と凡人の夢は大きく異なり、私の夢は安房地域の安全保障を強固にすること。生活基盤を安定させること。そして安房が次代を担う子供や若者たちが誇りをもてる地域になること、さらには安心して終末期を過ごせることです。 残念ながらこの夢は「無為自然」では叶えられないものかと思います。 安房医師会の活動目標も「地域社会の健全なる発展に寄与すること」であり、私の夢と齟齬はないものと信じてこれまで働いてきました。 しかし未だ様々な意見の対立があり、問題も残ったままです。 凡人には具体的に構築されたものしか夢として観ることができないのでしょうか? そんな理由で私の直近の夢は地域の子供達の為に文化・スポーツ施設を作ることです。子供たちが夢を抱き、次代を担う大選手を目指す為には大人の「理解と支援」が必要です。 何度も繰り返し、そして思い切って練習を行える場所の創設を夢見ています。安房地域に生まれ育って行く子供達は地域の宝であり、そこから大谷選手の様な逸材を育てることができないものか? 野球以外でも様々な競技、また音楽や舞踏、その他様々な文化活動でも練習の場が必要であるかと思います。そしてこの夢が「うつし世のまこと」になることが欲深く、とても「逍遥遊」の境地には入れない私の夢です。
巻頭言 Vol.59 No.6 2023
巻頭言
安房医師会 理事 杉本 雅樹
「甲辰三碧木星」(きのえたつさんぺきもくせい)
みなさまは運命学のようなものは信じますか? 開業生活も18年経過し、ここ数年は千葉県内外に複数の産院を開設し、日々移動の毎日を過ごしていると自分の立ち位置がわからなくなる事があります。
私たちの医療は、お産をベースとした産院の運営ですから、今後も続く少子化の中で、とりまく環境は非常に厳しいといわざるをえません。 そんな中、私は時流というものを大切にし、大きな決断をする際には今年はどのような年になるとか、来年はなにがしに気をつけろなどという、目に見えない運命学を参考にしています。
さて、運命学によると、10月から徐々に2024年の「気」になっていくようです。2024年は「甲辰三碧木星」(きのえたつさんぺきもくせい)で辰は抵抗や妨害と闘いながら歩みを進める。辰は、「震」になりやすい。2023年の結果が悪ければ妨害の方が強いから芽は伸びず、2023年の結果が良ければ芽が伸びて革新されていくようです。 革新とは、制度や組織をかえて、新しいものとすることで 旧来のしきたりには疑問も持つことであります。
2024年は気弱だとジリ貧になり、積極的は吉のようです。
そういうこともあり、私はファミール産院グループのメイン法人であるマザー・キーの理事長を退任し、グループの代表として、3つの医療法人を束ねる立場となりました。 今後は安房医師会理事としての在り方もよく見なおし、適切な時流に見合う進路を進もうかと思います。
巻頭言 Vol.59 No.5 2023
巻頭言
安房医師会 理事 田中 かつら
安房地域の過疎化、高齢化問題は、もはや時代の最先端であり、ここでの現状や問題はこれからの日本各地に起こりうる事象を先取りしている。令和4年県内市町村別高齢者人口では鋸南町(第2位49.1%)、南房総市(第3位46.8%))と高齢化率ほぼ50%である。安房地区で比較的低いとされている館山市(第13位40.2%)でも、もっとも低い北条地区では30%。西岬地区・富崎地区は高く60%に近い。
医師である私たちも高齢化し、近い将来、医療提供が困難となることは容易に想像できる。人口減少する地域で、新規開業する医療機関は少なく、医師を招聘して新規開業する費用対効果の低さは明らかである。今後、安房地区では医療機関が減り、安心して住み続けられる場ではなくなってしまう。それがまた人口減少へ加速する一因でもある。
2019年房総台風時、停電や大雨による避難が連続。館山古茂口・畑地区では、高齢者が避難所利用もままならない現状があり、支援するNPO団体などが、高齢者地域を支えるために医療及び介護、生活支援を当地区でできないかと検討を始めた。古茂口地区に出張診療所の提案を受けたのはその頃である。
今年7月に神戸地区の鈴木医院が閉院した。長きにわたり神戸地区の医療を支えられてきた院長の鈴木雅夫先生も、地区の医療の行き先を心配され、閉院も苦渋の決断だったと思う。地域住民の方々からは数年前より医療過疎を懸念して、富崎地区にて医療提供ができないかと相談を受けていた。予防接種は巡回診療で行っており、新規開業せず医療を提供できるには、移動または出張診療として地域医療を支えられないか。この件を保健所に相談したが、答えは「No」であった。
過疎地区、僻地地区の認定が無い地区では、新たな診療所開設以外には診療行為はできない。厚生労働省によると「無医地区」とは、①医療機関のない地域で、②当該地区の中心的な場所を起点として、おおむね半径4㎞の区域内に50人以上が居住している地区であって、③かつ容易に医療機関 を利用することができない地区、④定期交通機関の運行がなく、あっても1日3往復以下であること、定義されている。定義には該当しないが山、谷などで断絶されて容易に医療機関を利用することができない地区などは「無医地区に準ずる地区」と認定される。
古茂口地区、富崎地区はその定義には当てはまらず、出張診療所の許可はできないという判断である。現実には、高齢者免許返納、バス路線廃線、タクシー会社廃業、支援する家族は遠方在住、近隣住民も高齢化し通院支援ができない状態で、どうやって医療機関へ辿り着くのであろうか?法と現状が伴っていないというのは、行政サイドも問題を認識していても、大本の定義が変わらないため、どうにも動けないという。
公民館などに集まる住民に対して、オンラインで診療し、その場で看護師が診療を助けるならば、保険診療することは認められている。オンラインは良くて、直接、医師が出向いて診療することは罷りならぬとは、一体どういうことか?矛盾だらけの法律の狭間で、過疎化する住民に医療が届けられない現状は続いている。
確かに、誰も知らない医師が安房地区に出没して、キッチンカーならぬ「ドクターカー」で勝手に医療を行うことはあってはならない。それには、医師会が認めた医療機関で、安房医師会会員である医師が、責任を持った医療行為を、継続して行える仕組みを考えないといけない。公的な医療機関による出張診療所や、行政立や医師会立の診療所なども方法としては考えられる。僻地として認められる他県では、道の駅に出張診療所を併設したり、移動診療車を設置する試みも報道されている。千葉県でも、もっと柔軟に医療提供できる仕組みができないだろうか?
行政サイドでの調整は困難を極め、「No」の通達しか得られていない。現状打破のためには、県知事への陳情しかないか?魅力ある安房地区を維持し、生活しやすい土地になるよう、医療から声をあげていきたい。過疎だからといって、誰も切り捨てることは決してあってはならないと考える。
この問題は、安房地区だけの問題ではない。千葉県のあらゆる地区に起こる問題である。そして、僻地はないという認定の1都3県でもこれから起こりうる事象である。最先端の安房地区からモデルを提案していきたい。
巻頭言 Vol.59 No.4 2023
老人に喜びと憂いを与える不思議な液体の話
安房医師会 理事 野﨑 益司
私事で恐縮ですが、今年古希を迎えることができました。自分ではまだまだ若いと思ってはいたものの、すでに体力の衰えはあちこちで顕著になり、その結果忍耐力の低下は勿論のこと、最近では物忘れもはっきり自覚できるようになりました。逆に前頭葉の萎縮は本能を剥き出しにさせるようで、私の食に対する欲望は日々増す一方であります。同じように還暦を過ぎた頃から何故かやたらとワインが飲みたくなってしまいました。本来はアルコール不耐のはずなのに…。
ワインはそのままでも十分美味しい飲み物ですが、やはり料理と合わせること(マリアージュ)で楽しさも倍増します。ちなみに生ガキにはシャブリ(ブルゴーニュの白ワイン)をとはよく耳にすることですが、一般に魚介類には白、肉料理には赤ワインとは誰もがご存知のはずです。しかし赤や白と言ってもブドウ種や産地の違いは勿論、生産者によっても味わいは天と地ほどに異なるのです。そこで高級レストランには必ずソムリエがおり、お客のニーズ(お好みと、それとご予算!)にも合わせたワインを勧めてくれるのです。
ところで先日あるドクターから聞いた話なのですが、最近の医学生の多くは医師国家試験のための塾に入るとのこと。我々の世代にはとても信じ難いことなのですが、それほど多くを学ばなくてはならなくなったということでしょう。しかしワインのソムリエ試験は医師国家試験と同じくらい記憶することが多く、私にはこちらの方が遥かに難しく感じます。
3年に1回、世界最優秀ソムリエコンクールが開催されるのですが、かつてそのコンクールで最後まで残った3名にこんな問題が出されました。「ここにお客様から持ち込まれた3本のワインがあります。このワインそれぞれに相応しい料理をお客様に薦めて下さい」。ところがこの中の1本はこの世にはあり得ない真っ赤な偽物ものだったのです。勿論ボトルもエチケット(ラベル)も本物で、銘柄そのものはソムリエ資格を持つ者なら当然知っているはずのワインだったのですが、実は生産年のラベルが張り替えてあり、その年だけこのワインは作られていなかったのです。それを見事に見破れたのはたった1人だったのですが、この試験の真の目的はワインの真贋ではなく、それを持ち込まれたお客のプライドを損なわないよううまく説明することだったのです。ちなみに優勝したこのソムリエはそのお客に対し、「お客様、誠に申し訳ありません。私はこちらのワインにつきましてはこの年のものだけ試飲の経験がなく、自信を持ってお客様にお勧めできる料理はどうしても思い浮かべることができません」と。一流のソムリエにはこんな気配りまで要求されるのですね。
さて私のワイン歴はあるデパ地下で買った1本のブルゴーニュで始まったのですが、最初の印象は、まぁこんなものかというものでした。ところがそのうちまた飲みたくなり、そうなると次はもうちょっと美味しいものがあるんじゃないかと、案の定私の好奇心をしっかりくすぐり、そしてお決まりのように泥沼へと引きずり込んでしまいました。
実に当たり前のことなんですが、ワインは飲んで初めてその価値が発揮されるもの。ところがこのところのワイン価格の高騰によって、とくに上位に君臨するワインは益々我々から遠ざかるのみになってしまいました。ちなみに5年前、ニューヨークのサザビーズで1945年のロマネ・コンティが6,200万円で落札されました。でもこれ、飲むのですかね?
もう一つワイン好きを大いに悩ませるのが飲み頃です。日本酒は搾りたてが最も美味しいのですが、ワインは適当な熟成期間を経てようやくそのポテンシャルが発揮されます。とくにgreat vintageと呼ばれる良質のブドウが採れた年のワインは熟成まで相当な期間を要するのです。ちなみに2019年は全世界的に素晴らしいブドウが収穫された年なのですが、それだけに偉大な作り手によって醸し出されたワインの飲み頃は20〜30年後というのもあり、私にはすでにそれを味わう権利すら持ち得ないということになります。
では飲み頃に達しているワインを購入すればということになるのですが、そうすると先のお値段の問題に直面し、例え清水の舞台から飛び降りる覚悟でそれを手に入れたたとしても、小心者の私には到底それを抜栓する勇気など微塵もないのです。結局私にはそういう特別なワインとは無縁ということなのでしょう。
長くなってしまいましたが、かつてフランスファッション界で活躍したココ・シャネルはこんな名言を残しています。『私がシャンパンを飲むのは2つのときだけ、恋をしているときと、してないとき』。ワインは時に人を悩ませることもあるのですが、やはりそれ以上に私たちの心を癒してくれる素敵な飲み物だと言うことは間違いないですね。
さて今夜はちょいと奮発して、あのシャンパーニュでも開けてみますか。


